2019年5月2日木曜日

三浦「アラビア数学における幾何学的発想の起源と展開」

三浦伸夫(2006):「アラビア数学における幾何学的発想の起源と展開:クーヒーの幾何学的著作から」『国際文化学:神戸大学国際文化学部紀要』25, 65-106.[ここから入手可]

「代数学」を意味する algebra がアラビア語の al-ğabr に由来することからも、アラビア数学は一般に代数学の発展と結びつけて理解されることが多い。しかしそれだけがアラビア数学の全てでは、もちろんない。数論・三角法・組み合わせ法等の様々な分野でも、アラビア数学は目覚しい展開を遂げていた。なかでも、注目すべきは幾何学。これはアラビア数学発展の契機がそもそもギリシア数学の翻訳・導入にあり、かつそのギリシア数学が幾何学によって特徴づけられるものだった、という点からも自明のこと。数学者・天文学者・詩人として有名なウマル・ハイヤーム(1131 年没)が三次方程式を解く際に幾何学的解法(円錐曲線の交点上に解を見出す方法)を確立したことはよく知られているが、このような解法の確立には、その準備として幾何学そのものの成熟がとりもなおさず必要だった。この点に、疑いはない。

以上のような観点から、本論文では、アラビア数学史の初期を代表する数学者アブー=サフル・クーヒー(10 世紀後半にブワイフ朝宮廷で活動) の数学諸著を取り上げ、アラビア数学における幾何学的発想の起源と展開が検討されます。彼は他ならぬハイヤームによって「イラクでもっとも偉大な幾何学者の一人」として数えられるほどの人物であり、ビールーニー(1048 年没)やイブン=ハイサム(1040 年没)によってもその名が言及されているそうです。ちなみに「クーヒー」(Kūhī)とはペルシア語の「山」(kūh)から来たニスバで、カスピ海東部のタバレスターン出身であることを示すとのこと。とはいっても、細かい数学(史)的諸議論は、私には適切にまとめることができそうにありません。著者の説明をただ引き写すだけなら、上のリンク先からめいめいにその実際の内容を確認してもらったほうがはるかに有益と考え、以下では個人的に興味を惹かれたアリストテレス運動論に対するクーヒーの批判についてのみまとめておきます(86-88頁)。 

アリストテレスは「有限の時間において無限な大きさを通過することもできない」 (『自然学』238a20)とする。当時、このアリストテレスの主張を批判する者はあまりいなかったが、クーヒーはこれに公然と異を唱えた。彼は小品『限定された時間に無限の運動が存在するという事について』の中で、以下のような議論を行っている: 

直径 AC の上に中心を点 D とする半円 ABC を考える。直径上に垂直に置かれた物体を想定し、それを DE とし、半円 ABC 上を A から出発して動く発光体を考えよう。その光線は点 e にある物体の頂点に落ちる。物体の頂点の影の運動は限定された時間の中での発光体の運動に関係し、始点も終点もない、と私は言う。実際、もし我々が、点 H が物体の頂点の運動の始点であると仮定するならば、そしてもしそれを物体の頂点と、我々が延長する直線たとえば直線 GEH によって結ぶならば、その直線は半円 ABC からある弧(AG とする)を切り取るであろう。もし我々がこの弧を点 I で二つの部分に分けるならば、そしてこの点から物体の頂点まで直線たとえば IEK を引くならば、それは始点に先行し K である点に落ちるであろう。しかしこれは不可能である。同様に、他の部分でも、物体の頂点の影の運動は始点も終点も持たないことを我々は示すであろう。このことが証明すべきことであった。この小編が完成できたのはただ神のみのおかげである。 


(87 頁より転載)

ここでは発光体が G から始まり I に進むと、DE の頂点 E は HK を描く。発光体が G から A に進むのは有限時間であるが、射影は K から無限遠点に進むことになる。これは実際ありうることである。だから、アリストテレスの先の主張は明らかに誤っている、というのがここでのクーヒーの議論の主旨だそうです。 著者によれば、ここで着目すべきは次の 2 点(88頁)。(1)クーヒーは暗黙裡にアリストテレスの可能無限の立場を批判し、実無限の立場を主張している。(2)アリストテレス以来、異種学問における対象と論証法の相互適用は原則として禁じられており、中世スコラではそのタブーが破られ、多様な展開を見せる(らしい)が、このクーヒーの議論(自然学を幾何学[数学]の方法を用いて論じる)から見るに、すでにアラビアではその禁則が解き放たれていたものと考えられる。

『イスラム思想研究』創刊

私の出身研究室である東大イスラム学研究室の紀要が創刊されました。その名も『イスラム思想研究』。巻末の執筆要項によれば、発刊は年に一度のようです。東大のリポジトリで公開されており(ここ)、ウェブ上では先月の時点でも話題になっていましたが、本日、紙媒体のものを郵送で拝受したため、せっかくなので目次をあげておきます。

序文
  イスラム思想研究創刊に寄せて  柳橋博之 1
論文
  一時婚(ムトア)に関するシーア派とスンナ派の論争:古典時代から現代まで  青柳かおる 3
Note
  Was the Worldview of the Early Imāmiyya Deterministic and Dualistic? Analysis of Ḥadīth Literature Written During the Minor Occultation  Takahiro HIRANO 25
翻訳
  アブー・ユースフ『租税の書』の解題と翻訳  早矢仕悠太 39
翻訳
  ガザーリー『大衆に対する思弁神学の禁止』:解題・翻訳ならびに訳注  木村風雅 49
翻訳
  スフラワルディー著『照明哲学』翻訳・訳注:序文および第一部第一巻  宮島舜 65
翻訳
  イブン・アラビー著『魂と霊の真知に関する論攷』翻訳  相樂悠太 83
Translation
  English Translation of Faḫr al-Dīn al-Rāzī’s Summary of Theology  Hisashi OBUCHI 101
翻訳
  クトゥブッディーン・シーラーズィー自伝:『医学典範注釈』序文翻訳  矢口直英 125

2019年5月1日水曜日

発表要旨模索中

秋の宗教学会で友人の研究者たちとパネルを組むべく、発表要旨を考えています。パネル全体のテーマは応募前なので差し控えておきますが、私個人の発表は博論で部分的に扱った神学の学問論を根本に据えるつもりです。ただ、それだけだと面白みに欠けるような気もするため、本年度からの研究課題とも絡めて、ポスト・アヴィセンナ期のカラーム・テクストに見られるコスモロジーを扱えたらと考えています。というか、扱えそうかどうか、目下確認作業中です。〆切は連休明け。一切の目処が立たなければ、今回は学問論のみで行きます。哲学的な学問論がいかに宗教学的探究の枠内に落とし込まれるのか、気になる方はぜひとも会場までお越しください。いや、まだ応募すらしていないんですけどね。

2019年4月21日日曜日

トルコ至宝展:チューリップの宮殿、トプカプの美

国立新美術館で開催されているトルコ至宝展を見てきました。小規模ではあるものの、じっくりと見てまわれば 2 時間は要する見応えのある内容で、とても楽しめました。ただ、全体的に美術品を美術品として展示することに終始している印象で、美術史に明るければ別でしょうが、私のような人間にとっては、具体名を挙げて言及される建築家や画家の当時の活動の詳細だとか、政治・社会状況との関連なども説明してもらえたほうが、楽しめたように思います。

個人的に興味深かったのは、挿絵付きのチューリップの品種便覧。16 世紀になり、チューリップの品種改良が盛んになるにつけ、新たな品種を作り出した者には、その旨を報告する義務が課せられるようになったらしく、このような経緯のもと、帝国内で手に入る(?)チューリップの全品種を網羅した挿絵付きハンドブックが作成されるようになったんだそうです。また帝国史上、スルタンの権威を視覚的に表現(強調)すべく、建築家や金細工職人、陶器職人らがさまざまな芸術作品を作り出したようで、それらのおそらくほんの一部が展示されてはいましたが、彼らの制作活動の背景に何らかの宗教的理念があったりはしなかったのか、という点も気になりました(この点については、すでにいろいろな研究が出ているのだろうとは思います)。

2019年4月10日水曜日

プリンチーペ『錬金術の秘密』第 1 章(ギリシア・エジプトの「ケメイア」)

プリンチーペ、ローレンス・M. (ヒロ・ヒライ訳[2018]):『錬金術の秘密:再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」』勁草書房、9-33.

昨夏に出版されるや、日本の人文学とその周辺の話題を見事にかっさらった、いわずもがなの名著。2013 年に The Secrets of Alchemy というタイトル(副題なし)のもと英語で出版された原著が、西欧科学史研究を世界的に牽引するヒロ・ヒライ自らによって訳出され、解説付きで出版されたという時点で、日本語母語話者にとっては福音というほかありません。先日の博論口答試験を機に、この名著に一部目を通したため、今回はひとまず第 1 章のみ内容をまとめておきます(テュービンゲンでは、口答試験は defensio[博論本体のディフェンス]と disputatio[特定テーマを中心とした自由討論]からなり、後者のテーマとしてアラビア錬金術・魔術、とりわけジャービル文書を選択したため)。なお、本書のもっとも大きな特徴のひとつは、副題にあるとおり、錬金術史を一方で歴史学的文献学的手法で取り扱いながら、他方で錬金術たちの残した金属ないし物質変成のプロセスに関する記述を、著者自身(科学史への転向以前に、化学の分野で PhD を取得)が再現実験を通して検証している点にあります。しかしこのあたりの話は、化学音痴の私には全くついていけない領域であるため、以下では残念ながら、歴史学的な叙述の部分にしか焦点を当てていません。

錬金術の歴史を語る上でまず目を遣らなければならないのは、紀元前 6-5 世紀のギリシア語文化圏である。当時この地には、全宇宙の根源となる原理に思いをなす人々が存在した。いわゆる「ソクラテス以前の哲学者たち」である。彼らはめいめいにこの不変の原理を探究し、万物はこれが多様に変化したものにすぎないと主張した。タレース(前 6 世紀)においては水が、レウキッポス(前 5 世紀)とデモクリトス(前 5 世紀)においては原子が、この原理と同定される。そしてエンペドクレス(前 435 年没)に至ると、それは火・空気・水・土の四元素と見なされるようになり、これを受け継ぐかたちでアリストテレス(前 322 年没)が有名な四元素理論を発展させる。錬金術は、こうした古代ギリシアに淵源する自然哲学理論が金属加工技術と融合することで誕生したのだ、とプリンチーペは語る。

舞台となるのは、ヘレニズムからローマ時代のエジプト。紀元前 3 世紀頃、アレクサンドリアの職人たちのあいだで金属加工技術、冶金術が洗練されていく。

* この時代の冶金術の発展状況を示す史料は、紀元後 2-8 世紀に成立した金属加工の断片的レシピのみ。具体的には、冶金に関する 20 数種の書物からの抜粋である最古のものは「デモクリトス」という名の著者による『自然なものと隠されたもの』という 1 世紀後半から 2 世紀にかけて成立した著作の断片)。しかしこれらは Corpus alchemicum graecum (『ギリシア錬金術文書』)という、紀元後 11 世紀のビザンツでまとめられた文書群に収録された状態でしか伝存しておらず、しかもそこには写字生による意図的な取捨選択・改竄等も多く紛れ込んでいる。そのため、紀元前 3 世紀当時の冶金術の精確な実像は解明困難だという(12-14)。

目的は安価な卑金属を高価な金属に似せるというすぐれて商業的なもので、こうした状況は、紀元後の 1-2 世紀頃までつづいていく。しかしながら、おそらく 3 世紀のいずれかの時点で、上述の融合がどうやら発生した。それを証言づける唯一の史料がパノポリス(現在の上エジプトにあるアフミーム[Aḫmīm]に相当)の錬金術師ゾシモス(300 年頃活躍)が残した文書群である。彼は生前 8 点の著作をものしたとされるが、現存するのは『硫黄について』、『オメガの書』(『器具と炉について』序論部)、他著作の序論部、そして「あちこち〔ゾシモス自身の諸著作を指す?〕に記録された抜粋群」のみという状況らしい(17-18; 23, Anm. 21)。ところがギリシア語著作のアラビア語訳(ここには多くの擬ゾシモス文献が含まれるものの、真作も含まれているもよう)というかたちで伝存する書簡群もあるらしく(21, Anm. 17)、著者の論述からだけでは、ゾシモス著作群の全体像はよくわからない。いずれにしても、錬金術史叙述という観点から意識しなければならないのは、彼が史上最初の錬金術師だったわけではないということ。何故なら彼はその著作中で彼以前 / 同時代に活動した錬金術師たちへの批判を行っているから。

ゾシモスにおいては、もはや金属の見た目をのみを変えるという商業的冶金術は影をひそめる。彼の主眼は、あくまで実際に卑金属から貴金属を錬成させることにある。注目すべきは、それが一方で整合的な知的体系を志向する理論主義的なものであり、かつ他方で錬金器具の整備にも心を砕く実験主義的なものだった、という点である(18-19)。彼によれば、あらゆる金属は「身体」(σῶμα)と「精気」(πνεῦμα)という 2 つの部分からなっている。前者は非揮発性で、諸金属が共有する共通の基盤、つまり基体をなす。後者は揮発性で、それぞれの金属が有する諸性質(色彩など)をなす。彼の金属変成理論の根底に横たわるアイディアは、すなわち、揮発的・可変的である精気の部分を操作することで、金に固有の精気を再現し、人工的に金を生み出そうとするものである(19)。そしてそのための実験器具を、彼は当時のエジプトで用いられていた料理道具や、香料製造のような諸工芸で用いられる器材を改良して、使用していた。ただし器具の発明者は、どうやらゾシモス自身ではなく、「ユダヤ人マリア」と呼ばれる女性だったという(彼は著作中で彼女の名を権威としてしばしば挙げる)。

ちなみに指示内容としては異なるものの、ジャービル文書に現れ、その後の錬金術書でも頻繁に繰り返されることになる「水銀」と「硫黄」への執着も、すでにゾシモスにおいて見てとれる(20-21)。くわえて興味深いのが、ゾシモスの秘密主義(寓意と象徴を多様した論述スタイルで、神話化の傾向をもつ当時のグノーシス主義からの影響が推察される)を、ディオクレティアヌス帝(244-311 年在位)の通貨改革、およびエジプトの錬金術弾圧へと関連づける指摘である。帝政期以後、過度の採掘が原因となり、ローマは次第に十分な銀の採掘量を得られなくなっていく、そしてそこでの通貨改革(通貨中の銀の含有量を減少させる)の失敗がさらなる経済の危機を招く、とは古代史に暗い私でも聞きかじったことのある話だが、このとき錬金術弾圧、つまり金と銀の「ケメイア」に関する書物の焚書もなされていた(らしい)ということは、寡聞にして知らなかった。しかし考えてみれば、当然。貴金属を自在に練成されてしまったら、通貨の価値が不安定になるのだ。プリンチーペによれば、ゾシモスはまちがいなく、これら一連の事情を見聞きしており、これもまた彼が秘密主義的なスタイルを採用した理由のひとつかもしれないと推測している。

* 個人的に興味深いのは、彼が金属変成のことを、変成時の色合いの変化に着目して、「染色」(βαφή)と呼ぶ点です(20)。というのも、これとよく似た用語法が存在一性論系諸著でも頻出するから。具体的にいうと、同論では諸神名が互いに作用しあうこと(ここから新たな神名が生まれる)を、しばしば「染色」(inṣibāġ)という語で表現します。P. Kraus の古典的ジャービル研究第 2 巻(Jābir ibn ḤayyānContribution à l’histoire des idées scientifiques dans l’islam. Le Caire: Imprimerie de l’institut français d’archéologie orientale 1942 [repr.: Hildesheim: Olms 1989])によると、ジャービル文書でも物質変成理論において同語根の「染料」(ṣibġ)という語が用いられるそうですが、ここで意味されるのは四元素のうちの火のことらしく(5, 11)、実際に存在一性論の用語法が錬金術の伝統から影響を受けて成立したのかどうかは、完全に不明です。もしそうだとしたら、とてもワクワクする展開ですが。

ゾシモス以後、8 世紀までの錬金術史の詳細は、史料的制約から解明が困難である。数少ない例外として、オリュンピオドロス(6 世紀;有名なアリストテレス注釈者と同一の可能性有)によるゾシモス注釈(散逸)と、ステファノス(7 世紀;新プラトン主義の哲学者・注釈者・天文学者)の『金をつくるための大いなる技について』(617 年に成立)の 2 点は挙げられる。注目されるのは、彼らがいずれも、ゾシモスとは異なり、実際の錬金作業には関心を払っていないということ。彼らが重きを置いたのは、むしろ物質をめぐるタレース以来の古代ギリシア的思惟を錬金術に再応用して、理論的な枠組みを洗練させることだった。そしてこのように理論的に洗練された錬金術が、後のアラビアでは受容・発展されていくことになる(30)。

2019年4月6日土曜日

ギュンター・ピーロウ(編)『信仰と学知のはざまにおけるイスラムの魔術』

Günther, S./D. Pielow (Hg. [2019]): Die Geheimnisse der oberen und der unteren WeltMagie im Islam zwischen Glaube und Wissenschaft. Leiden: Brill.

近年、英語圏を中心に活況を呈しているイスラム圏の魔術研究。そのひとつの集大成とも言える研究が出版されました。ドイツ語で(Brill  / Google Books)。600 頁を超えるヴォリュームに、これでもかと詰め込まれた先行研究レヴュー、そしていくつもの超重要テーマに焦点を当てた魔術史の各論。ドイツ東洋学の意地を垣間見せてくれる、この最新のガイドブックは、イスラム圏の魔術史に関心をもつ全人類にとってのマストアイテムといっても過言ではないでしょう。以下、目次部分の翻訳です(序論以外は未読なので、不正確な翻訳が混じっている可能性があります;あとで気が向いたら、既読の序論部の内容まとめを、補遺として加筆します)。

はじめに XV (Johann Christoph Bürgel)
謝辞 XXX (Sebastian Günther / Dorothee Pielow)
頻用されるレファレンス本と雑誌の略号表 XXXIII
挿絵一覧 XXXV
著者紹介 XXXVII
転写について XVI

序論


1. イスラムにおける魔術:対象、歴史、言説 3 (Sebastian Günther / Dorothee Pielow)

 1. イスラムの魔術研究の現状 9
  1.1. 魔術一般に関する研究とその概観 11
  1.2. 個別テーマに関する研究 13
   1.2.1. アミュレットとタリスマ 13
   1.2.2. 共感魔術(Sympathetische Magie)15
   1.2.3. sīmiyāʾ を含む魔術の使用に係る神名 16
   1.2.4. 魔法陣、数秘術的魔術、文字神秘主義的魔術、魔術的記号 18
   1.2.5. 天使文字(Brillenbuchstaben) 19
   1.2.6. 魔術的シャーレ 21
   1.2.7. 奇術と幻想 24
   1.2.8. 神懸かり、予言術
   1.2.9. 占星魔術 25
   1.2.10. ジン信仰
   1.2.11. 邪視 29
   1.2.12.「魔術書」を含む、魔術的内容を有する書物 29
  1.3. アラビア語による魔術研究 32
 2. 欧語研究の学説史における魔術理論 34
 3. 魔術に係る諸概念と概念化の可能性 38
  3.1.「魔術」(Magie)と「魔法」(Zauberei)のちがいについて
  3.2. 魔術と、アラビア語の用語法におけるその下位区分 39
 4. ムスリム学者の魔術理解 43
  4.1. 前近代のムスリム学者による魔術論 43
   4.1.1. ジャービル・イブン=ハイヤーン(117/815 年頃没)44
   4.1.2. ブハーリー(256/870 年頃没)47
   4.1.3. イブン=ワフシーヤ(4/10 世紀初頭)49
   4.1.4. バスラの純正同胞団(4/10 世紀頃)54
   4.1.5. イブン=ファリーグーン(4/10 世紀中葉)59
   4.1.6. イブン=ナディーム(385/995 或いは 377/997-98 年没)60
   4.1.7.  ガザーリー(505/1111 年没)63
   4.1.8. クトゥブッディーン・シーラーズィー(710/1311 年頃没)67
   4.1.9. イブン=アフカーニー(749/1348-49 年没)68
   4.1.10. イブン=ハルドゥーン(808/1406 年没)71
   4.1.11. ザカリヤー・アンサーリー(926/1520 年頃没)73
   4.1.12. タシュケプリュザーデ(968/1657 年没)77
   4.1.13. ハーッジー・ハリーファ(1067/1657 年没)77
  4.2.「魔法書」を含む、魔術文献の著者 77
   4.2.1. アブルカースィーム・クルトゥビー(353/964 年没)とアブルカースィム・マジュリーティー(397/1007 年没)80
   4.2.2. ファフルッディーン・ラーズィー(607/1007 年没)83
   4.2.3. ブーニー(622/1225 年没)85
   4.2.4. トゥーヒー(20 世紀)90
 5. 本書収録論文で扱う問題とテーマ 95

第 1 部 諸学の正典に見られる魔術:概念化の可能性と意味


2. カーディー・アブドゥル・ジャッバールの魔術論 119 (Maher Jarrar)

 1. 魔術と信仰(Religion)120
   1.1. 奇蹟(muʿğiz)121
   1.2. 魔術(ṣiḥr)124
 2. 補遺 128

3. アラビア語・イスラム圏の神学・法学の学問伝統内に見る魔術 135 (Mahmoud Haggag)

 1. 魔術概念とさまざまな文学ジャンルに反映されるその解釈 136
  1.1. イブン=クタイバ(276/889 年没)136
  1.2. ミスカワイヒ(421/1030 年没)136
  1.3. イブン=マンズール(711/1312 年没)139
  1.4. イブン=ハルドゥーン(808/1406 年没)139
 2. 現代の神学・法学伝統に見る魔術 147
  2.1. エジプトの宗教庁(?: Ministeriums für religiöse Stiftungen)編纂による百科事典 147
  2.2. クウェイトのイスラム法百科事典 148
  2.3. カラダーウィー(1926 年生)150
 3. 結論 152

4. イスラムにおける魔術と因果律 155 (Hans Daiber)

 1. 盗人の宣誓に関する 2 つのイエメン文書 155
 2.「結び目」(Knoten)と「泡」(?: Blasen)のもつ魔術的働き:ギリシアとのパラレル 162
 3. 魔術と新プラトン主義的「共感」(Sympathie)164
 4. 或る魔術哲学(Philosophie der Magie):キンディー De radiis (『光線について』)167
 5. 補遺:盗人の宣誓に関するさらなる 3 つのイエメン文書 169

5. ガレノス医学と預言者の医学のはざまにおける魔術 178 (Lutz Richter-Bernburg)

 1. イブン=ヒンドゥー(420/1029 年没)179
 2. イブン=ハルドゥーン(808/1406 年没)181
 3. イブン=カイイム・ジャウズィーヤ(751/1350 年没)183
 4. 結論 189

第 2 部 アラビア魔術文書の伝承経路(Traditionslinien)


6. 初期イスラムの魔術に関する史料:問いとアプローチ 195 (Ursula Bsees)

 1. アラビア語・イスラム魔術関連史料の研究状況 195
 2. テクスト周辺で成立しうる問い 196
  2.1. テクストの考古学的文脈と発見時の状況(?: Fundsituation)197
  2.2. マテリアルとレイアウト 202
  2.3.「生活の座」(Sitz im Leben)207
 3. 実践に見る魔術:P.Vind.inv.A.P.10002 213

7. アラビア語魔術文書:類型、ヴィジュアル的形成、そして伝承経路 223 (Johannes Thomann)

 1. 情報
 2. コーランの章句から作られたアミュレット 225
 3. 天使文字 227
 4. 生物を表す記号(Zeichnungen von Lebewesen)229
 5. 螺旋文字(Spiralschrift)230
 6. 魔法陣 231
 7. 木版印刷(Blockdrucke)233
 8. ホロスコープの図表 233
 9. 土占いの図形(?: Geomantische Figuren)235

第 3 部 アミュレット、占星術、そして魔術的定型句


8. アミュレット・ロールを脱魔術化する:類型論的分類(typologischen Gliederung)への示唆 247 (Tobias Nünlist)

 1. アラビア語版に見られる類型 252
 2. ペルシア語版に見られる類型 261
 3. オスマン・トルコ語版に見られる類型 277
 4. 結語 287

9. 狩りの成功に関する占星術の予言:イブン=クシュティムル(Ibn Quštimur)の K. al-Qānūn al-wāḍiḥ(『明白な正典の書』)のカタルキック・セクション 294 (Fabian Käs)

 1. 著者について 294
 2. 著作について 297
 3. 写本について 298
 4. テクストと翻訳 299
 5. 鷹狩り文献への参照 305
 6. カタルキック文献への参照 308

10. 閉ざされた扉の向こうでだけ?風紀監督職(Das Amt des muḥtaṣib)と、占星術、予言、魔法、アミュレット使用の公衆性(Öffentlichkeit)319 (Christian Mauder)

 1. 風紀監督職:歴史、機能、そして公衆的性格(öffentlicher Charakter)322
 2. 風紀監督官に関する文献に見られる予言、占星術、魔法、そしてアミュレット使用 325
 3. 勧善禁悪(ḥisba)をめぐる理論文献に見られる占星術、および関連する諸実践 325
 4. 風紀監督官の見解を記した公文書に見られる占星術、および関連する諸実践 327
 5. 勧善禁悪ハンドブックに見られる予言、魔法、占星術、そしてアミュレット使用 330
 6. 結論 337

第 4 部 文字、神名、そして神秘魔術(Magie der Mystik)


11. 「あぁ、よかった、誰も知らなくて…」:イスラム魔術における隠された神名の意味 347 (Dorothee Pielow)

 1. 神名の形而上学的意味 348
 2. sīmiyāʾ の学と神名の意味 357
 3. まとめと展望 366

12. 精霊と惑星への誓い:ムハンマド・ガウス・グワーリヤーリー(Muḥammad Ġauṯ Gwāliyārī)の al-Ğawāhir al-ḫams(『5 つの実体』) 372 (Eva Orthmann)

 1. シャッターリーヤ(šaṭṭāriyya)373
 2. ムハンマド・ガウス・グワーリヤーリーとシャイフ・プール(Šayḫ Phūl)374
 3. Al-Ğawāhir al-ḫams 375
 4. Daʿwat al-asmāʾ al-ʿiẓām(『偉大な諸神名の唱名』)377
 5. 基礎(Grundlagen)380
 6. 外的枠組みをなす諸条件 384
 7. 唱名のさまざまな方法 386
 8. 呼びかけ 388
 9. 神名の性質 391
 10. 惑星への誓い 393
 11. 他の史料に見る惑星と神名への誓い 394
 12. 結論

第 5 部 アラビア・イスラム文学に見る魔術


13. 『千夜一夜物語』の逸話に見る魔術 403 (Ulrich Marzolph)

 1. アントワーヌ・ガランと『千夜一夜物語』 403
 2. 『千夜一夜物語』における魔術的なものの諸相 404
 3. 『千夜一夜物語』中のもっともポピュラーな諸節に見る魔術 406
 4. 後代に編まれたいくつかの版に見る魔術 414
 5. 語りのテクニックというレベルでの諸相 418
 6. 結論 419

14. アラビア文学に見る魔術と恋に落ちたジッダの精霊 423 (Susanne Enderwitz)

 1. 魔術と神秘主義 426
 2. 魔術と文学 435
 3. 魔術とサイエンス・フィクション 441
 4. 結論:幻想の言葉 451

第 6 部 シンクレティズムと投影という文脈から見たイスラム魔術


15. クルド魔術:ヤズィード派の魔術シャーレ 461 (Khanna Omarkhali / Anke Joisten-Pruschke)

 1. 魔法のシャーレの「前史」 461
 2. ヤズィード派における魔術シャーレ 465
  2.1. ヤズィード派 465
  2.2. ヤズィード派の魔術シャーレ 466
  2.3. 形成と文字化 468
  2.4. 使用
 3. 結論

16. 不安のエコノミー:北アフリカと西アフリカの魔術の比較 476 (Johanna Schott)

 1. 定義 478
  1.1. 魔術 478
  1.2. 魔法 479
  1.3. エコノミー 479
 2. 理論的背景 480
  2.1. 不安と魔術 480
  2.2. エコノミーと魔術 483
  2.3. 信頼とエコノミー 483
   2.3.1. モデル A: 注意・均衡モデル(?: Vorsichts-Gleichgewichtsmodell)484
   2.3.2. モデル B: ローカルな不安のシステム 485
   2.3.3. 不安のエコノミーに対する理論的アプローチ 487
 3. 北アフリカの魔術 487
 4. 西アフリカの魔術 495
 5. 北アフリカと西アフリカの魔術の比較 503
 6. 結論

結びの考察


17. イスラムにおける魔術


言説史的展望 515 (Bernd-Christian Otto)


補遺〔1〕:文献目録:アラビア語史料と研究文献に見る魔術 547 (Sebastian Günther / Dorothee Pielow)

 1. イスラムにおける魔術に関する研究 547
 2. 欧語研究の学説史における魔術理論 581
 3. 魔術に係る諸概念と概念化の可能性 583
 4. ムスリム学者の魔術理解 584
 5. 魔術一般:レファレンス文献と中心的諸研究 586

補遺〔2〕:術語集:魔術テクストで頻用される概念:アラビア語・ドイツ語 592 (Sebastian Günther / Dorothee Pielow)


インデクス


人名 611

地名 619
書名 621
聖典 628
ハディース 631
その他のモノ 632

ディフェンス通過・調査旅行

ブログでの報告をすっかり忘れていましたが、3 週間ほど前、博論の口答試験に無事合格しました。手放しで喜べる出来ではなかったけれど、immerhin と自分に言い聞かせて、出版のための改訂作業に着手します。多少なりとも後世に残るような、よいものを出したいものです。

ディフェンス後は、観光と調査を兼ねて、あちこちを移動していました。ドイツ南東端、東オーストリアと国境を接する Laufen という街ではバイエルン・オーストリア方言の強烈な洗礼を受け、ドイツ語の面白さを再認識しました。その後はバーデン・ヴュルテンベルクとバイエルンの州境に位置する Ulm(大聖堂で有名)を訪ね、近郊の Blaubeuren という村で青い湖を見学したあと、長距離バスでパリに移動し、今年度の授業で使えそうな写真をいくつか撮ってきました。

あさって日曜(ドイツ時間)の便で、また日本に帰国します。万事滞りなく進めば、今年度から 3 年間は中世末期・初期近代にかけてアラビア語・ペルシア語で著された神学諸著(哲学系、カラーム系、存在一性論系、オカルト学系を含む)に見られる自然探究の実態を、天をめぐる諸議論に焦点を当てて分析していくことになります。博論の改訂と授業準備との並行作業になるため、大変そうですが、過度に焦りすぎず、ひとつひとつ着実に進めていこうと考えています。

そういえば、ブログのタイトルにもそろそろ飽きてきたため、少し改名しました。また変える可能性も大いにありますが、アドレスはいじらないつもりなので、あしからず。