またまた、ずいぶんとひさしぶりの更新となってしまいました。ツイッター等で宣伝しているため、わざわざこの記事を読んでいるなら、すでにご存じの方がほとんどだとおもいますが、今年度から(ひとまず)三年計画でイスラム圏と西欧とのあいだの「魔術的知」の交流の歴史を包括的に記述することを目指す研究プロジェクトがスタートしました。ヒライさんプロデュースのもと、かっこいいウェブサイトも目下構築中です。
そんなわれわれ魔術研による主催のもと、先月半ばに東京大学駒場キャンパスで、標記のとおり、公開講演会を執り行いました。スピーカーはプロジェクトのメインメンバーでもある、ライアナ・セイフ博士(アムステルダム大学)。専門は 9-12 世紀のアラビア魔術ですが、その西欧世界への受容にかんしてもラテン語史料にもとづき研究できるという稀有な人です。講演タイトルは The Diversity of Islamicate Magical Traditions(「イスラム圏における魔術伝統の多様性」)。その一部始終が以下の動画に収録されています。ぜひご覧ください!
以下、皆さんの理解に資するよう、概要をまとめておきます。ライアナの講演は、9-10 世紀頃のアラビア語魔術書が提出した種々の魔術的アイディア・世界観が 12 世紀頃を分水嶺とし、イスラム教(も含めたアブラハムの一神教全般)にでてくるさまざまな概念・神学上のドグマと整合するように再解釈されていく、その流れを概観するものです。ちなみに、ここでの「魔術」は「遠隔からのアクション」(action at a distance)という意味をコアの部分で有しているそうです。
初期アラビア魔術を代表する史料としては、サービト・イブン・クッラ『護符について』(On Talismans)、擬アリストテレス・ヘルメス関連文書(Ps.-Aristotelian Hermetica)、そしてピカトリクスのアラビア語原典である『賢者の目標』(Ghāyat al-ḥakīm)が紹介されます。いずれの作品も諸惑星の有する特別な力を地上に降ろすための方法論(護符作成時の星位、護符の材質など)を語っており、理論・実践の両面で占星術が魔術にとって不可欠の前提をなすことが理解できます。なお、占星術のこうした役割については、史料中での証言を参照し、具体的に例証されてもいきます。
これらの魔術書のなかで、彼女が特段の歴史的重要性を認めているのが、擬アリストテレス・ヘルメス関連文書。これはアリストテレスが弟子のアレクサンドロスにたいし、太古の賢者ヘルメスより伝わる秘密の叡智を授けるという体裁で捏造された一連のアラビア語偽書群です。擬アリストテレス・ヘルメス関連文書にかんしては、ここ数年、彼女が精力的に研究を進めています。
さて、彼女の議論に特徴的なのは、こうしたアラビアの星辰魔術(astral magic)の伝統を「アラビア・ヘルメス主義」(Arabic Hermeticism)とよぶ点です。大雑把にいえば、「ヘルメスの名をかんした文書群にもとづき構築された一貫性のある思想体系」をヘルメス主義とよぶなら、そのようなものは歴史上存在しなかった、というのが、近年のヨーロッパ学におけるコンセンサスのようです。
しかしながら、本講演でライアナはアラビアにはヘルメス主義とよべるような思想が存在したのだと論じます。それが星辰魔術です。より正確には、擬アリストテレス・ヘルメス関連文書にもとづくアラビア星辰魔術の理論と実践。これを、彼女は「アラビア・ヘルメス主義」とよびます。さらに擬アリストテレス・ヘルメス関連文書を構成する諸文書は、まとめて書写され、同一写本内に収録されていることが多い。ここから「擬アリストテレス・ヘルメス関連文書」というユニットは近代に入って発明されたものではなく、すでに中世から存在していたことがわかると、彼女は説きます。
では、アラビア・ヘルメス主義の核をなす、この擬アリストテレス・ヘルメス関連文書には、どのような内容が含まれるのか。彼女によると、大きく以下の 5 つの点が共通してみられます。(1)宇宙論的・宇宙創成論的なサイクルがになう決定的役割。(2)デミウルゴス(ハードゥース等とよばれる)によって人間が創造されたという神話ストーリー。(3)7 人の賢者 / 預言者(七惑星と結びつけられる)の存在。(4)意志により引き起こされる因果のシステムとその伝達者である霊的実体=ルーハーニヤート。(5)共通の魔術実践:タリスマン制作など。
以上の内容をもつアラビア・ヘルメス主義=星辰魔術の伝統が、12 世紀頃を境に「イスラム化」(Islamicisation)されていく。その様子は次の 7 つの側面から確認できるそうです。(1)ルーハーニヤートという謎のエージェントが明確に天使に置き換えられる。(2)それ以前の魔術理論からは排除されていたジンの存在が復活する。(3)専門的で複雑だった占星術の理論・実践が単純化される。(4)コーラン解釈にもとづく議論が発展する。(5)デミウルゴスの存在が消し去られる。(6)惑星と結びつけられていた異教の賢者が預言者やイマームに置き換えられる。(7)文字論が神名論との関連のもとに発展する。これ以外にも、ソロモン魔術(ユダヤ教魔術)の話もでてきますが、適切にまとめられそうもないので、やめておきます。
なお、彼女も「ヘルメス主義」という単語は使用しているものの、アラビア星辰魔術の伝統が緊密で決してゆるがない一貫した思想体系を有していた、とまでは考えていません。だからこその、魔術伝統の「多様性」なのでしょう。ただ、擬アリストテレス・ヘルメス関連文書の受容史という側面からイスラム圏の魔術史を眺めてみれば、「ヘルメス」の名のもとにゆるく括れるだけの共通要素は確認できるということのようです(おそらく)。
参考資料
- Saif, L. / G. de Callataÿ (2021): “Astrological and Prophetical Cycles in the Pseudo-Aristotelian Hermetica and Other Islamic Esoterica”. In: G. de Callataÿ / M. Cavagna / B. van den Abeele (eds.): Speculum Arabicum. Intersecting Perspectives on Medieval Encyclopaedism. Louvain-la-Neuve: Institut d’études médiévales, 67-82.
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