Posts mit dem Label アウトリーチ werden angezeigt. Alle Posts anzeigen
Posts mit dem Label アウトリーチ werden angezeigt. Alle Posts anzeigen

Mittwoch, 5. Oktober 2022

魔術研公開講演会:イスラム圏における魔術伝統の多様性

またまた、ずいぶんとひさしぶりの更新となってしまいました。ツイッター等で宣伝しているため、わざわざこの記事を読んでいるなら、すでにご存じの方がほとんどだとおもいますが、今年度から(ひとまず)三年計画でイスラム圏と西欧とのあいだの「魔術的知」の交流の歴史を包括的に記述することを目指す研究プロジェクトがスタートしました。ヒライさんプロデュースのもと、かっこいいウェブサイトも目下構築中です。

そんなわれわれ魔術研による主催のもと、先月半ばに東京大学駒場キャンパスで、標記のとおり、公開講演会を執り行いました。スピーカーはプロジェクトのメインメンバーでもある、ライアナ・セイフ博士(アムステルダム大学)。専門は 9-12 世紀のアラビア魔術ですが、その西欧世界への受容にかんしてもラテン語史料にもとづき研究できるという稀有な人です。講演タイトルは The Diversity of Islamicate Magical Traditions(「イスラム圏における魔術伝統の多様性」)。その一部始終が以下の動画に収録されています。ぜひご覧ください!


以下、皆さんの理解に資するよう、概要をまとめておきます。ライアナの講演は、9-10 世紀頃のアラビア語魔術書が提出した種々の魔術的アイディア・世界観が 12 世紀頃を分水嶺とし、イスラム教(も含めたアブラハムの一神教全般)にでてくるさまざまな概念・神学上のドグマと整合するように再解釈されていく、その流れを概観するものです。ちなみに、ここでの「魔術」は「遠隔からのアクション」(action at a distance)という意味をコアの部分で有しているそうです。

初期アラビア魔術を代表する史料としては、サービト・イブン・クッラ『護符について』(On Talismans)、擬アリストテレス・ヘルメス関連文書(Ps.-Aristotelian Hermetica)、そしてピカトリクスのアラビア語原典である『賢者の目標』(Ghāyat al-ḥakīm)が紹介されます。いずれの作品も諸惑星の有する特別な力を地上に降ろすための方法論(護符作成時の星位、護符の材質など)を語っており、理論・実践の両面で占星術が魔術にとって不可欠の前提をなすことが理解できます。なお、占星術のこうした役割については、史料中での証言を参照し、具体的に例証されてもいきます。

これらの魔術書のなかで、彼女が特段の歴史的重要性を認めているのが、擬アリストテレス・ヘルメス関連文書。これはアリストテレスが弟子のアレクサンドロスにたいし、太古の賢者ヘルメスより伝わる秘密の叡智を授けるという体裁で捏造された一連のアラビア語偽書群です。擬アリストテレス・ヘルメス関連文書にかんしては、ここ数年、彼女が精力的に研究を進めています。

さて、彼女の議論に特徴的なのは、こうしたアラビアの星辰魔術(astral magic)の伝統を「アラビア・ヘルメス主義」(Arabic Hermeticism)とよぶ点です。大雑把にいえば、「ヘルメスの名をかんした文書群にもとづき構築された一貫性のある思想体系」をヘルメス主義とよぶなら、そのようなものは歴史上存在しなかった、というのが、近年のヨーロッパ学におけるコンセンサスのようです。

しかしながら、本講演でライアナはアラビアにはヘルメス主義とよべるような思想が存在したのだと論じます。それが星辰魔術です。より正確には、擬アリストテレス・ヘルメス関連文書にもとづくアラビア星辰魔術の理論と実践。これを、彼女は「アラビア・ヘルメス主義」とよびます。さらに擬アリストテレス・ヘルメス関連文書を構成する諸文書は、まとめて書写され、同一写本内に収録されていることが多い。ここから「擬アリストテレス・ヘルメス関連文書」というユニットは近代に入って発明されたものではなく、すでに中世から存在していたことがわかると、彼女は説きます。

では、アラビア・ヘルメス主義の核をなす、この擬アリストテレス・ヘルメス関連文書には、どのような内容が含まれるのか。彼女によると、大きく以下の 5 つの点が共通してみられます。(1)宇宙論的・宇宙創成論的なサイクルがになう決定的役割。(2)デミウルゴス(ハードゥース等とよばれる)によって人間が創造されたという神話ストーリー。(3)7 人の賢者 / 預言者(七惑星と結びつけられる)の存在。(4)意志により引き起こされる因果のシステムとその伝達者である霊的実体=ルーハーニヤート。(5)共通の魔術実践:タリスマン制作など。

以上の内容をもつアラビア・ヘルメス主義=星辰魔術の伝統が、12 世紀頃を境に「イスラム化」(Islamicisation)されていく。その様子は次の 7 つの側面から確認できるそうです。(1)ルーハーニヤートという謎のエージェントが明確に天使に置き換えられる。(2)それ以前の魔術理論からは排除されていたジンの存在が復活する。(3)専門的で複雑だった占星術の理論・実践が単純化される。(4)コーラン解釈にもとづく議論が発展する。(5)デミウルゴスの存在が消し去られる。(6)惑星と結びつけられていた異教の賢者が預言者やイマームに置き換えられる。(7)文字論が神名論との関連のもとに発展する。これ以外にも、ソロモン魔術(ユダヤ教魔術)の話もでてきますが、適切にまとめられそうもないので、やめておきます。

なお、彼女も「ヘルメス主義」という単語は使用しているものの、アラビア星辰魔術の伝統が緊密で決してゆるがない一貫した思想体系を有していた、とまでは考えていません。だからこその、魔術伝統の「多様性」なのでしょう。ただ、擬アリストテレス・ヘルメス関連文書の受容史という側面からイスラム圏の魔術史を眺めてみれば、「ヘルメス」の名のもとにゆるく括れるだけの共通要素は確認できるということのようです(おそらく)。

参考資料

Sonntag, 7. Februar 2021

BH ラジオ対談:「ヘルメス主義」特集

先日の記事で van Bladel: The Arabic Hermes (2009) の読書メモをポストしました。これは第一には現在執筆中の論文で 14-15 世紀のイスラム圏における一種の「古代神学」(sophia perennis, prisca theologia, ǧāvidān-ḫiraḏ etc.)を扱っているからなんですが、進捗にかんして二か月ほど前からツイッターでつぶやいていたところ、それを見たヒライさんから打診があり、新たな対談企画が実現しました!今度のテーマは「ヘルメス主義」(Hermeticism)。前世紀のイェイツによる一連の仕事により人口に膾炙し、現在もポピュラーカルチャーのレベルで人々のイマジネーションを刺激しつづける、この悪名高き概念。その「内実のなさ」に切り込みながら、ヘルメスの名がアラビアとヨーロッパで巻き起こしたさまざまな問題を語りあいました。


プレミア公開(先週水曜日)には、ユダヤ学の山城貢司さん、占星術研究家の鏡リュウジさん、翻訳家の大橋喜之さんという錚々たる面々が遊びにきてくれて、同時チャットへの対応は楽しくも壮絶なものとなりました。そのときの爪痕(の一部)は現在もリンク先のチャット欄(基本的に PC のみ表示可)に残されています。あわせてご覧ください。なお、非常に大切な点なので断っておきますが、対談中では Arabic Hermetica(アラビア語ヘルメス関連文書)のことを「アラビア語ヘルメス文書」と呼んでしまっています。ヒライさんも即座に指摘しているとおり、これは学術レベルでは不適切な言い回しになります(少なくとも慣行には反する)。このへんの事情は、van Bladel 本の読書メモの §0(イントロ)をご覧ください!

関連ブログ記事

Freitag, 8. Januar 2021

BH 新春放談:西欧とイスラム圏における神秘主義、魔術、コスモス

あけましておめでとうございます。先日出演した BH ハードコア対談が好評だったため、第二弾として新春ラジオ放談を収録し、一昨日、その音源が公開されました。今回のテーマは神秘主義とエソテリズム(秘教主義)、魔術、占星術、錬金術、そしてコスモス(宇宙)をめぐる諸議論。これをヨーロッパ研究とアラビア=イスラム研究双方の視点から論じ、知見をすり合わせてみようという企画です。果たしてうまくいったかどうかは、聴き手の皆さんの判断にゆだねるしかありませんが、個人的には非常に有意義な回になったと考えています。


とはいえ、やはり今回も全体をとおして言葉足らずになってしまった感は否めません。「放談」といいつつも、いざ終わってみると、いろいろなことが気になってくる性分です。そこでプレミア公開中、併設のチャット欄でシェアした発言内容の補足・訂正、文献案内までの全ての内容にくわえて、さらなる追加説明も付記した完全版の解説を、対談で言及したテーマ順にそって行っていきます!

0) 写本挿絵
今回、背景画像として使用したのはティムールの孫イスカンダルに捧げられた、彼の誕生日(1384 年 4 月 25 日)ホロスコープ。1411 年作成のもので、四隅にはイスカンダルに朝貢の品を持ちよった天使たちが描かれているそうです。収録写本 Wellcome MS Persian 474 の電子データと概要説明は、それぞれこちらとこちらから確認できます。

1) イスラム教の神秘主義
イスラム教の神秘主義理論全般にかんしては、動画説明欄にもあげられている井筒(1980)が読みやすく、最初の一冊としておすすめです。ちなみに「スーフィズム」といわゆる「イスラム神秘主義」は別概念として捉えたほうがいいです。より具体的にいえば、前者は後者をその一側面として含むもの。つまりスーフィズムには「神秘主義」だけに還元できない側面があります。このへんは、東長(2013)を見るとよいでしょう。

2) マクロコスモス=ミクロコスモスの照応と魔術
基本文献は Allers (1944) で、私も対談中をつうじてヒライさんから教示していただきました。余裕があれば、後日、当ブログに内容のまとめを載せます。最初期のアラビア哲学者キンディー(866 年没?)や彼と親交のあった占星術師アブー=マアシャル(886 年没)からルネサンス・初期近代の西欧にいたる星辰魔術の歴史については、いまや Saif (2015) という好著があります。中世スコラ学周辺のコスモロジーにかんする扱いが弱いという欠点はありますが、英文も読みやすく、関心のある向きには文句なくオススメです。

マクロコスモス(世界)とミクロコスモス(人体)の照応については、すでにキンディーが論じています。長くなるのでここでは引用しませんが、彼の残した文章はその後、イフワーン・サファー(純潔同胞団、10世紀)やガザーリー(1111 年没)を経て、イブン=アラビー(1240 年没)にも引用されていくことになります(Takeshita [1987] 76)。ちなみにガザーリーは生前、イフワーン・サファーの『書簡集』のコピーを所持していたことを咎められ、これはピュタゴラスにさかのぼる「弱い哲学」(weak philosophy)だなどと言い訳していたらしいのですが、現実には『書簡集』をしっかり利用していて、問題の照応のアイディアも広範に受容しています(Griffel [2009] 200 & 269-71)。ただ、彼の後代への影響は明らかになっていないことが多く(Wisnovsky などは「大きな影響は与えなかった」的なことを言っていますが[以下掲載のブログ記事を参照]、本当にそこまで言えるかは疑問です)、彼をつうじて当該アイディアがどの程度、正統信仰のなかに取り込まれているのかも、よくわかっていないようにおもいます。そもそも 14 世紀以降の神学史はわからないことだらけなので。イスラム学全体にとっての今後の課題です。

3) イスマーイール派の歴史と宇宙論
対談中では「イスマーイール派」にしばしば言及したものの、同派の内実にかんして具体的な説明は一切ありませんでした。同派の大まかな歴史と教義内容を説明しておくと:イスマーイール派は 8 世紀後半に成立したシーア派の分派で、7 代目イマームの再臨を信じます。「イマーム」とは、ムハンマドとアリーの血統カリスマを受けつぐ霊的指導者のことです。現在、少数派のシーア派内でもさらに少数派の位置にあまんじている(とはいえ、派内の信徒数は第 2 位)イスマーイール派は、9-11 世紀のファーティマ朝下でイスラム圏全域に影響をおよぼす圧倒的な政治勢力となり、(原)スンナ派とならんで当時の「正統イスラム信仰」の一翼を担っていました。

イスマーイール派は基本的に人類史全体を 7 つの周期にわけます。曰く、それぞれの周期には人類に啓示を告知する「告知者」(大預言者)と 7 人のイマームがつかわされ、各周期の最後のイマームが次の周期の告知者になる。具体的には、アーダム(アダム)、ヌーフ(ノア)、イブラーヒーム(アブラハム)、ムーサー(モーセ)、イーサー(イエス)、ムハンマドの 6 人の告知者がこれまで人類のもとにつかわされており、イスラム教誕生以後の人類史は第 6 周期に相当する。そして現在お隠れ状態にある第 6 周期の第 7 イマームが再臨したとき、最後の第 7 周期が到来し、人類史は完成をむかえ、イスラムの啓示も廃棄される。このように人類史の全周期をつうじて存在するイスマーイール派宣教団に参入することによってのみ、人類は歴史の完成をむかえ、楽園にいたることができる。概略、以上のようなことを、手を変え品を変えイスマーイール派は主張します。

最後に教義史を少し:イスマーイール派は 10 世紀初頭に新プラトン主義哲学を導入します。先鞭をつけたのはナサフィーという宣教員(ダーイー / dāʿī)ですが、影響力の点で圧倒的だったのは弟子のスィジスターニー(971 年以降没)です(ちなみに彼はアラビアではめずらしく、流布版ではなく長大版の『アリストテレスの神学』を利用していたことが知られています)。全体的には、この流れは後の同派の教義史に決定的な影響を与えるのですが、導入当初はそれに反発する陣営も存在しました。井筒(1989)の最後のほう(320-34 頁)で取りあげられるアブー=イーサーは、その一人。彼は活動時期こそ 10 世紀半ば(ムイッズ治下)ですが、新プラトン主義導入期以前の古い宇宙論的神話を残していると言われています。野元先生がストイックに研究しているアブー=ハーティム・ラーズィー(933/34 年没)も、同時期に新プラトン主義を拒絶した宣教員。彼のおもしろい点は、新プラトン主義導入促進派(上記のナサフィー)を論駁する文章を残している点です(『訂正の書』)。現在にいたるまでラーズィーにかんしてもっとも詳細に調べあげた研究は、野元先生が世紀転換期にマッギル大学に提出した博士論文(Nomoto [1999])でしょう。マッギルのリポジトリから無料で DL できるので、一家にひとつ持っておきたいところです(リンクは下記参考文献)。

イスマーイール派はファーティマ朝期をのぞいて、ムスリム社会のマイノリティでありつづけました。そのため、そうした心性を反映してか、史料で確認できる最初期からずっと強烈なメシア主義的終末観をもっています。つまり「現実の秩序は終末の到来により、まもなく転倒する。そうすれば、再臨したメシアの導きによって、現在、苦難を強いられている我々こそが救済される!!」という考えかたです。ただし、ファーティマ朝(エジプト・北アフリカが中心)が政治権力を拡大していった 10-11 世紀頃にかぎっては、この強烈なメシア主義はむしろ体制護持には邪魔になる。現実秩序は守らなければならないし、終末も先送りせざるをえない。そんなわけで、既存の教義と連続性を保ったうえで、ドラマチックな終末論要素を希釈して、静的な教義を確立しようとする動きが体制派のなかから出てきます。これがキルマーニー(あるいはケルマーニー、1020 年以降没)。菊地さんがいくつも論文を書いている宣教員です。彼は「天上からの転落者」(罪を犯して地上に転落した天の存在者で、来るべき天上回帰のときを待つ;これを助けるのがイスマーイール派宣教組織と定義することで自派の天上的出自が確認され、かつ天への回帰を使命とすることにより終末に壮大な宇宙論的ドラマが準備される)というグノーシス的モチーフを廃棄し、代わりにファーラービー[950 年没]の十知性論を導入することで、静謐なコスモスを作りあげました。

しかし 12 世紀になると、ファーティマ朝が滅びます。同朝の残存勢力の一部はアラビア半島南部のイエメンに逃れ、閉鎖的コミュニティを形成し、ふたたびマイノリティとして生き永らえるのですが、ここでおそらくそうした彼らの心性を反映して、コスモスが動的な性格を取り戻します。具体的には、ハーミディー(1162 年没)という宣教員がキルマーニーによって構築された十知性論的コスモスのなかから第三知性を取りだし、これに「高慢の罪を犯して、天上から転落した」という物語を与えます(なお、ハーミディーはイフワーン・サファーの『書簡集』も利用して議論を構築します)。グノーシス的な天上のドラマが、ここに復活するわけです。このような一連の流れを日本語で概観できる非常にありがたい論文が、菊地(1999)です。これを読んでさらなる詳細を知りたくなった人には、菊地(2005)という強烈な一冊があります。ぜひ手にとってみてください。ちなみに井筒の上記の論考の前半部で扱われている「ニザール派」(いわゆる「暗殺団」)は、11 世紀の政争によりファーティマ朝から離反したイスマーイール派の下位分派です。

4) アダムソン一派とその周辺
アダムソンとその弟子たちのプロダクトを見ていると、やはり哲学史研究の王道をいくものが目立ちます。つまり「古代末期ギリシア哲学から初期アラビア哲学(とイスラム神学)へ」という基本ラインがあって、テーマとしても知性論とか魂論とか認識論とか存在論とか、そういうものが多い。時代的にも 12-13 世紀以降はほぼ取り上げられない。もっといえば、イブン=アラビーやスフラワルディーもアラビア新プラトン主義の遺産は受け継いでいるはずなのに、スフラワルディー派は別としても、イブン=アラビー派が哲学史の枠内で扱われることはほとんどありません。アダムソン一派にも、この傾向は強くみられます(ただし Adamson/Pormann [trs. (2012)] ではキンディーの有名な星辰魔術書『光線論』の英訳も収録しており、哲学史の王道を行く研究以外も行っていないわけではない)。

さらに自分の問題関心に引きつければ:イブン=アラビー派自体も「哲学だ」といいたがる研究者はいます。井筒の燻陶をうけた哲学者・宗教学者にその傾向が強い印象です。けれどもこのようなイブン=アラビー派理解は歴史研究としては一面的といえます。やや強引なまとめになりますが、本来多様な側面を有していた同派の思惟は、近代、とりわけイランにおける発展のなかで、特定の要素(認識論と存在論)によりフォーカスしていき、それ以外の要素(占星術や錬金術に由来する議論)はマージナライズしていく、そのなかでいわば後づけ的に一種の「哲学」として自己定義してきたきらいがあります。研究史的に井筒はこの近代イラン的なイブン=アラビー派理解に相当程度引きずられていて、マージナライズ以前のイブン=アラビー派の思惟の姿をきちんと捉えきれていないようにおもいます。

つまり:イブン=アラビー派は哲学の影響下にあるため、哲学史の枠内でも扱われなければならない(この事実を哲学史家が直視しないのは問題)、けれどもそれ自体が「哲学」であることを自明視していると、まさにそれを「哲学」と呼ぶ伝統が形成されるなかで振り落とされてきた、かつて同派が有していたさまざまな要素を等閑視してしまう危険性が高い(哲学者・宗教学者の問題)。哲学史研究や哲学・宗教学研究のアプローチ(おそらくそれぞれの学問構造に即したものであり、根本的な改変は困難)だけでは、多様な知的潮流の坩堝となっていた近代以前のイブン=アラビー派の歴史をきちんと叙述することができない、などということを最近よく考えています。

5) アンダルスにおけるキンディー派の影響とその周辺
対談で話したように、イブン=アラビーにたいしてアヴィセンナの影響がどの程度およんでいたかは、おそらくまだよくわかっていません。現時点での私の印象では、アヴィセンナや彼の先達ファーラービー(§3)よりもさらに前の、キンディー・サークルを中心とする最初期のアラビア新プラトン主義からの影響のほうが強いようにかんじます。というのも:よく知られているように、ファーラービーは当時最先端の天文学を参照し、知性体の数を天球の数にあわせて 10 としました。この十知性論をアヴィセンナも(上述のとおり、ファーティマ朝宣教員のキルマーニーも)受け継いでいます。しかしイブン=アラビー派にぞくする諸著作をみるかぎり、十知性論は採用されていません。むしろ、よりプリミティヴな普遍知性論が採用されていることに気づきます。具体的なソースは未詳ですが、最有力候補はやはりイフワーン・サファーの『書簡集』(10 世紀末から 11 世紀初頭にかけて、アンダルスにもたらされた)でしょう。なお、アダムソンはイフワーン・サファーもキンディー派にぞくする運動体としてカテゴライズしています(Adamson [2007])。関連してイブン=アラビーの「完全人間論」(完全人間:世界=マクロコスモスの中心にあり、かつ神の代理者でもある人間=ミクロコスモス)にたいするイフワーン・サファーの影響については、私の恩師である竹下先生がすでに簡潔に論じています(Takeshita [1987])。

ただし:イブン=アラビーより 1 世紀ほど前にアンダルスで活動した哲学者イブン=バーッジャ(ラテン名アヴェンパケ、1139 年没)はファーラービーの哲学から大きな影響を受けていますし、イブン=アラビーの 2 世代ほど前を生きた注釈者アヴェロエス(1198 年没)も、アヴィセンナ哲学とガザーリーによるその批判にかんしては知悉していました(リーマン[2002])。したがって、イブン=アラビーの時代のアンダルスにファーラービーと彼以後の哲学が受容されていなかったというわけでは決してありません。

参考文献
- Adamson, P. (2007): Al-Kindī. Oxford: Oxford UP.
- Adamson, P./P. Pormann (trs. [2012]): The Philosophical Works of al-Kindī. Oxford: Oxford UP.
- Allers, R. (1944): “MICROCOSMUS. From Anaximandros to Paracelsus”. In: Traditio 2, 319-407.
- Griffel, F. (2009): Al-Ghazālī’s Philosophical Theology. Oxford: Oxford UP.
- Saif, L. (2015): The Arabic Influences on Early Modern Occult Philosophy. London: Palgrave Macmillan.
- Takeshita, M. (1987): Ibn ʿArabī’s Theory of the Perfect Man and Its Place in the History of Islamic Thought. Tokyo: Institute for the Study of Languages and Cultures of Asian and Africa.[1986 年にシカゴ大学に提出した博士論文の改訂版。15 年前は版元の東京外国語大学の AA 研に行けば無料で入手できたが、現在どういう状況かは不明。改訂前の博士論文は Internet Archive上で入手可。]

- 井筒俊彦 (1980):『イスラーム哲学の原像』岩波書店.
- 同上 (1989):「イスマイル派「暗殺団」:アラムート城砦のミュトスと思想」『コスモスとアンチコスモス:東洋哲学のために』岩波書店、247-336.
- 同上 (2005):『イスマーイール派の神話と哲学:イスラーム少数派の思想史的研究』岩波書店.
- 東長靖 (2013):『イスラームとスーフィズム:神秘主義・聖者信仰・道徳』名古屋大学出版会.
- リーマン、オリヴァー (2002):『イスラム哲学への扉』(中村廣治郎訳)ちくま学芸文庫.

関連ブログ記事

関連リンク
- BH ホーム(移行後):
- BH ホーム(移行前):
- 知の劇場 BH チャンネル:

Donnerstag, 10. Dezember 2020

BH 企画・ハードコア対談出演

卒論の頃から長らく私淑していた bibliotheca hermetica(通称 BH)のヒロ・ヒライさん(現コロンビア大学研究員)と、はじめて個人的に連絡をとったのは、ドイツ留学が佳境にさしかかった 2018 年 2 月上旬。翌年の春、ディフェンスを終えて日本に本帰国し、ほどなくして実際にお会いする機会を得たわけですが、その後は光栄なことにけっこう仲良くしてもらい、秘密裡かつ地下潜航的に共同研究にも着手していたりします。そんなヒライさんから、最近、私の留学生活と博論、さらに現在の研究内容や関心事について自由に語りたおすウェブ・インタビューの話を打診されました。ふたつ返事で快諾したのち、しばしの調整をへて、昨日、無事に収録を終えたのですが、その動画が速くも明日、日本時間の金曜夜 21 時から YouTube 上でプレミア公開されることになりました。


記憶にあるかぎりで、言及したテーマを挙げつらってみれば、アヴィセンナ哲学からイブン=アラビー派の世界観、魔術、占星術、数秘術、イスラム神学、帝国とスーフィー教団、さらには天気予報、博物誌の伝統等、蛇状曲線を描いていたのがよくわかります。何故かトイレの話もしました(汗)。いきおい全体をとおして言葉足らずになってしまった感は否めません。そこで以下では、私が対談で触れたテーマ(最近、集中的に調査研究している内容とほぼ直結します)にかんして、すでにブログや Twitter でメモした内容を拾い集め、リスト化してみました。ご参考までに。

1) イブン=アラビー派の歴史(13-15 世紀)とオカルト諸学、そしてアヴィセンナ以後の哲学:


3) 14-15 世紀のカラームにおける天体の魂と感覚をめぐる議論:
a) タフターザーニー(1389/90 年没)の議論とソース分析

4) その他

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

関連リンク

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
動画公開後付記

おかげさまで、プレミア公開は想定以上の成功を収めることができました。ありがとうございます。ちなみに公開開始後の一時間(対談が終了するまで)は、チャット欄をつうじて発言内容の補足や訂正を行えたのですが、残念ながらリンクの貼り付けはできなかったんですね。なので、せっかく用意しておいた関連リンク一覧も含めた、内容補足を以下に公開します。これで皆さんの関心をさらに刺激できれば、幸いです。

1) 使用した図像について
この図像はイスタンブルのスレイマニイェ図書館に収蔵されている「ジャールッラー・コレクション」の 1033 番目(Carullah 1033)の写本中に描かれている挿絵です。写本の書写年は 1382 年。動画中では聴き取りにくいという指摘があったので、もう一度ここに書いておきますと、著作自体はイブン=アラビーの主著『叡智の台座』にたいしてハイダル・アームリー(1385 年以降没)という人物が書いた注釈書です。そして申し訳ないことに対談収録後に気づいたのですが、大雑把にいうと、見開き右側の図像がマクロクスモス、左側の図像がミクロコスモスに相当するようです。前者の側には十二宮を 4 つの三つ組に分け、それぞれから四元素(火・空気・水・土)が生じる機序が描かれており(占星術でよくみられる議論)、後者の側には様々な感覚等の名前が円周上に配されていて、それらの相互作用から四性質(熱・冷・乾・湿)が生じる機序が描かれています。くわえて、いずれの図像の外側にも共通して同じ位置に「知性」や「魂」などの語が配されている点、そしてどちらも同心円構造が採用されている点(通常は宇宙の姿を描くときに使われるはず)から、ミクロコスモス=人間とマクロコスモス=宇宙の構造上・作用上の照応関係を描きだした図、とはいえそうです。ただしミクロコスモスの円の横にも「天球」や「黄道」の語が書かれているため、左の図が全てミクロコスモスだけを描いているわけでもないし、右の図が全てマクロコスモスだけを描いているわけでもない、のかもしれません。

2) ギリシア哲学と初期アラビア哲学
擬アリストテレス『神学』はプロティノスの『エンネアデス』の一部がパラフレーズされたものです。「プロクロス」とか(汗)。このあたりのテーマにかんしては、日本語でも論文が出版されています。特に以下のものは、オープンアクセスであることもあり、とても有益です。


ちなみに対談中では「擬アリストテレスの『神学』のアラビア語訳」という言い回しをしてしまっていますが(汗)、『神学』のギリシア語版がまずはじめにあって、それをアラビア語に訳したというわけではなかったはずです。正しくは(大事なことなので繰り返しますが)、あくまで「プロティノスの『エンネアデス』の一部をアラビア語でパラフレーズしたもの」が、そのものズバリ、「擬アリストテレスの『神学』」です。そして最後に、私が口走ったプロクロスの『神学綱要』と『原因論』の関係については、詳細な文献学的研究が出版されています。その部分的な読書メモは当ブログでも公開しているので、関心のある方はご参照ください。

3) イブン=アラビー派:
イブン=アラビーと彼のフォロワーたちの生涯・著作の概要を(ひとまず)調べるには、京大の KIAS が作成したデータベースが有用です。関連史資料の日本国内の所蔵状況もリスト化されており、日本在住のイブン=アラビー派研究者にとって、非常に実用的な造りになっています。ただし、データベース自体が 10 年近く前に完成したものなので、最新の研究は反映されていない点に注意が必要です。なお、対談中ではイブン=アラビーが「アヴィセンナ派」の一人であると説明されていますが、彼がアヴィセンナから実際にどの程度影響を受けているかは不明です。「影響下にある」と主張する研究もありますが、私見では、アヴィセンナ哲学が生まれる以前にアラビア世界に導入されていた初期アラビア・ネオプラトニズムの一部から、より強い影響を受けているとおもいます。

4) 11-12 世紀のイスラム神学にたいする星辰魔術の影響をファフルッディーン・ラーズィーを例に調べた最新の必読研究書:


5) ブーニー文書の受容史研究:
スーフィー魔術師ブーニー(上述)についての研究は、近年 Noah Gardiner(と、じつは彼よりも先に研究をまとめたものの、フランス語で書いているため、そこまで広く読まれていない感のある Jean-Charles Coulon)が書物史的方法論と詳細な写本研究にもとづき、急激に押し進めました。Gardiner の博論は幸いなことに、オンラインで公開されています。これは全訳されてもよいと、個人的にはおもっています。


6) スーフィー教団と神秘主義、オカルト諸学と帝国イデオロギー
これについては、正確さを期して、少し補足が必要です。まず対談中では、煩雑さを避ける目的で、「スーフィズム」と「イスラム神秘主義」を同義で用いていましたが、厳密には区別される概念です。前者は後者をその一側面として含むもので、言いかえれば、スーフィズムにはいわゆる「神秘主義」だけには還元できない側面があります。そもそも 13 世紀以後のイスラム圏ではさまざまな「タリーカ」(一般に「神秘主義教団」と訳され、スーフィズムの民衆的展開の母体と言われる)が発展し、結果、イスラム教徒は皆、必ずどれかひとつのタリーカに属しているという状況ができあがってきます。そのうちのいくつかが軍事的に成功し、オスマン朝やサファヴィー朝のような帝国と呼ぶべき政治勢力へと発展していくわけです。近年、こうした王朝で統治のイデオロギーを正当化すべく、オカルト諸学(とりわけ数秘術と土占い)が広く実践されていたという指摘が現れはじめました。対談ではこの点を切りとって紹介したのですが、このような路線の研究を精力的に推し進める一部の研究者(特に Azfar Moin と Matthew Melvin-Koushki)には、その史料の扱いの面で、実証史学側から手厳しい批判が出てきています。彼らの研究にたいする正確な評価が定まるまでには、まだしばらく時間がかかると考えたほうがよいでしょう。そして最後に、対談中では「はじめはスーフィズムと魔術ないしオカルト諸学が一対一対応の密接な関係にあった」と誤解されかねない説明をしてしまっていますが、そのような事実はありません(ただ、この点を厳密に説明ようとすると長く煩雑な話になるので、今回は割愛します)。

7) 博物誌
12 世紀のペルシア語博物誌(トゥースィー『被造物の驚異』)には、何と邦訳(全訳!)があります。紀要論文として掲載されたもので、オープンアクセスです。この記事をここまで読んでくれた人ならば、DL しない手はないでしょう。13 世紀のアラビア語博物誌(カズウィーニー『被造物の驚異』)には、19 世紀ドイツの文献学者 Ferdinand Wüstenfeld による校訂・解説本があります。二巻本の同書は einbändig の状態で、DL 可能です(S. 470 までが第一巻で、それ以降が第二巻に相当)。


カズウィーニーの博物誌は、その後のイスラム圏で広く読まれつづけ、現在に至るまで数多くの写本が残っています。なかでもドイツのミュンヘンにあるバイエルン州立図書館所蔵写本 BSB Cod.arab. 464 は 1280 年に書写された非常に古い写本であり、かつ豊富な挿絵が収録されていることでも有名です。全ページ、オンラインで公開されています!