Ben-Zaken, A., Cross-Cultural Scientific Exchanges in the Eastern Mediterranean, 1560-1660, Baltimore: John Hopkins UP, 2010.
コペルニクス前後の時代に西欧と東地中海のあいだに存在していた文化的交流を、とりわけ太陽中心的宇宙観の成立とその受容・伝播・改変に焦点を当てて分析した、おそらく最新の研究を入手しました。まだ序論と第1章のさわりしか目を通していませんが、一次資料だけでもラテン語・アラビア語・ペルシア語・ヘブライ語・オスマン語・イタリア語などの資料が用いられているようで、著者の博覧強記にはただただ敬服するばかりです。なお本書で主たる分析対象とされる資料は、どれも著者がカイロのダールルクトゥブや、イスタンブルのさまざまな文書館(特にスレイマニイェ図書館とトプカプ博物館)、ヴァチカン図書館、ローマのリンチェイ文書館、マントヴァのBiblioteca comunale teresiana 、そしてロサンゼルスのハンチントン図書館とクラーク図書館などから探しだしてきたもの。これらの分析にそれぞれ1章を割き、その1つ1つをケース・スタディとすることで、東地中海におけるコペルニクス的宇宙観の受容の諸相を照らしだす。これが本書全体の流れです。具体的には、以下の5つの資料が順次分析されていきます。
1) オスマン朝の天文台における1570年代の科学活動を描いたミニアチュール(特にエジプト出身の法官でムラト3世期の宮廷天文学者だったタキーユッディーン・イブン=マアールーフ[1585年没]とヴェーン島のウラニボリ天文台で活動したティコ・ブラーエ[1601年没]との関係など)
2) ティコ・ブラーエの宇宙論に関するイエズス会宣教師クリストフォロ・ボルスが著したラテン語著作Collecta astronomica(?)のペルシア語訳(イタリア人旅行家デラ・ヴァッレ[1652年没]がペルシア人天文学者ザイヌッディーン・ラーリー[没年不詳(?)]に宛てた書簡に収録)
3) 東地中海を旅したガリレオの弟子デル・メディゴ(1655年没)が著したヘブライ語の宇宙論著作Sefer Elim(自然哲学と数学に関する論集;スピノザの師メナッセ・ベン・イスラエル[1657年没]により出版)
4) オクスフォード大学の教授ジョン・グリーヴス(1652年没)が編纂したペルシア語=ラテン語天文学辞典(15世紀末にペルシアから持ちこまれた天文学著作の校訂・ラテン語訳Astronomica quaedam ex traditione Shah Cholgii Persae の補遺として収録)
5) ルイ13世お抱えの宮廷宇宙誌家ノエル・デュレ(1650年没)がリシュリューに捧げて著したラテン語(フランス語?)の天文学書Nouvelle théorie des planètes の、オスマン朝の学者イブラーヒーム・エフェンディー・ズィゲトヴァリー(没年不詳[?])によるアラビア語訳Sağanğal al-aflāk fī ġāyat al-idrāk
ちなみに本書については、すでに専門家による書評がいくつも出ているようです。あわせて参照しなければなりません。
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