Dienstag, 5. Oktober 2010

リズヴィー、ズィヤーイー

1. Rizvi, S. H., ''An Islamic Subversion of the Existence-Essence Distinction? Suhrawardi's Visionary Hierarchy of Lights'', Asian Philosophy, 9 (1999), pp. 219-27.
2. id., ''Roots of an Aporia in Later Islamic Philosophy: The Existence-Essence Distinction in the Metaphysics of Avicenna and Suhrawardi'', Studia Iranica, 29 (2000), pp. 61-108.
3. Ziai, H., Knowledge and Illumination: A Study of Suhrawardi's Hikmat al-ishraq (Atlanta: Scholars Press, [1990]), pp. 166-71[存在論と宇宙論].

『プラトン的知性的諸形象』の第1章第6探求中で展開されている照明哲学における形象論批判(?)が全く理解できないため、そのとっかかりにでもなればと考えて、上記の3点を読んでみました。 まだまだ理解できていない点はあるのですが、これらの研究に共通する一番の主張自体は至って明快。「スフラワルディーは何性の本源性(asalat al-mahiyah)説を採っていない」というものです。何性の本源性説というのは、一言で言えば、存在と何性では何性こそが本源的な実在だ(存在は単 なる仮象にすぎない)、と考える説。一般にこの立場はスフラワルディーに帰されてきたのですが、それはモッラー・サドラーによるスフラワルディー解釈に引 きずられた誤った理解である、ということが論じられています。

「本源性」という考え方は、イブン=スィーナーによって打ち出された(とされている)存在と何性の区別、並びに彼の主張した存在付帯性説に対するイブン=ルシュドやファフルッディーン・ラーズィーからの批判を受けて明確化してきたもので、一言で言ってしまえば「存在と何性のどちらか一方が必ず実在的である」とする考え方です。現実にこの世界には様々な存在者が存在している。であるなら、存在と何性のいずれもが仮象であるわけがない。もしそうだとしたら、非実在的なものと非実在的なものとが組み合わされて実在ができあがっているということになってしまう。そんなことはあり得ない。大まかに言えば、これが本源性を主張する論理です。そして「これがスフラワルディー以降、基本的には何性の方に置かれてきた (違ったっけ?)のだが、こうした何性優位の流れが
モッラー・サドラーの存在の本源性(asalat al-wujud)説の登場によって、一挙に存在優位の方向へと転換することになる」というのが、大雑把にいえば、Corbinの哲学史理解です。

しかしRizviやZiaiは、「本源性」という概念それ自体はモッラー・サドラーに至ってはじめて明確に現れてくるもので、スフラワルディーがこれについて明示的に論じている箇所はないと言います。彼らによれば、スフラワルディーにとって存在とは一なる概念でしかなく、故に確かに仮象だと考えられてはいる。 しかしだからといって、彼が何性の方を本源的と考えていたということにはならない。むしろスフラワルディーは何性それ自体を実在的なものとして語ってはいない。彼にとって、真に実在的であるのは「光」(nur)である。これが彼らの主張です。しかしそれでは、スフラワルディー自身は存在と何性の関係をどう捉えていたのでしょうか。Rizviによれば、彼は全宇宙を「光」の明暗のグラデーションで捉えており、存在と何性の間に区別を認めていないそうです。

とはいえ、スフラワルディー自身が「存在」(wujud)という語も「何性 / 本質」(mahiyah)という語も用いている以上、「全ては光だから」という議論にはいまひとつ満足できません(いや、正しいことは正しいのでしょうけど)。例えばLandoltによれば、スフラワルディーは普遍者の実在を認めたそうですが、普遍者と何性、種、形象はどういった関係にあるのか。わからないことだらけですが、そもそも先行研究のサーヴェイがきちんとできていないのだから、どうしようもない。まずは手元にある研究を地道に読み込んでいくしかないでしょう。
ちなみに、Rizviはモッラー・サドラーにおける「存在の類比性」(tashkik al-wujud)で博論を書いているようですね。Rizvi, S. H., Mulla Sadra and Metaphysics: Modulation of Being (London: Routledge, 2009). 上の2つの論文がそのまま収録されているような気もしますが、一応これも見てみる必要がありそうです。

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