Samstag, 30. Juli 2011

アーミディー研2

一昨日、第2回アーミディー研を行いました。

1. Ihkam: p. 16まで。主に議論となったのは、次の2点:i) p. 16, penult: "wa-al-manaqib allati yaqifu duna ihsa'i-ha 'add al-hasirin"の解釈。waqafaにはdunaと結び、"waqafa A duna B"で「AがBを妨げる」という用法があり、ここでもはじめはその用法であると考えたが、やはりそれでは意味が通らないため、仮案として「それらを数え切ることなく、敵(hasirin)の数を数え上げる作業が終了してしまうような〔つまり敵の数よりもさらに多くの〕美徳」という意味であるとすることになった;ii) p. 17, lines 1-2: "wa-in kuntu fi darb al-mithal ka-hamil tamr ila hajr aw tall ila matar"の解釈。恐らくここは著者アーミディーが自分自身を卑下するような一節だと考えられるが、後半部"ka-hamil..."が意味不明。シャクルの振り方もこれとは異なる案がいくつか出され、紛糾してきたため、次回に持ち越し。

2. Weiss: Introduction読了。興味深かったのは、次の2点:i) IhkamはFakhr al-Din al-Razi, Kitab al-Mahsulと並び、Baydawi, Minhaj al-wusulとIbn Hajib, Mukhtasar al-Muntaha al-usuliの典拠になっている;ii) アーミディーの定義によると、法源学において主題(mawdu')は法規のadillaであり、目標(ghaya)ないし論点(masa'il)はこのadillaが有する付帯的特性であり、また公理(mabādi')は実践法学(fiqh)、思弁神学(kalam)、アラビア語学(lugha)である、とされる。

なお、1は神とパトロンに対する讃辞がそろそろ終わるので、次回からようやく本論に入れそうです。2も次回からは本論ということで、法源学におけるpostulatesについて論じられた第1部の第1章(The Theological Postulates)を読んでいきます。

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