シャムスッディーン・ファナーリーの存在論に関する研究
本研究はシャムスッディーン・ファナーリー(Shams al-Din Muhammad ibn Hamzah al-Fanari, 1431年没)の存在論を主題とする。ファナーリーは法学・論理学・神秘主義・コーラン注釈・アラビア語文法学などの諸分野で活躍したオスマン朝初期の学者であり、いわゆる「イブン=アラビー学派」の一人にも数えられる人物である。彼の存在論の根底にあるのは、イブン=アラビー(Muhyi al-Din ibn al-'Arabi, 1240年没)に端を発する「存在一性論」(wahdat al-wujud)である。存在一性論においては、絶対存在(al-wujud al-mutlaq)、つまり「存在」そのものこそが唯一絶対の実在とされる。そして同論者はこれを存在必然者、即ち神(al-haqq)と同定し、全宇宙をその自己顕現として把握する。しかし「存在」と神を同定するこのような学説は、イスラーム哲学史上、一般的なものではなかった。そもそも哲学者たちは、通常「存在」を実在とは見なさない。そのため存在一性論に対しては、歴史上数々の批判が加えられることになる。こうした批判を論駁し、以って同論の存在論的基礎付けを行ったのがファナーリーである。本研究ではこのファナーリーの「基礎付け」に焦点を当て、それが他の哲学潮流とどのような関係にあるのかを詳細に検討する。これにより、12世紀以降の哲学的神学と存在一性論との関係の実際を闡明することが、私の博士論文の目標である。
以上の目標の達成に向けて、現在私は以下の3つの問題について考察を進めている。
1. タフターザーニーによる存在一性論批判とそれに対する反駁
タフターザーニー(Sa'd al-Din al-Taftazani, 1389/90年没)はティームール朝の著名な学者である。彼は『神学の目的注釈Sharh al-Maqasid』において存在一性論批判を展開しており、ファナーリーはこれを『親密の灯Misbah al-uns』中で論駁している。彼らの「論争」については修士論文で検討し、その一部は前年度、学界に発表した。しかしファナーリーの一連の論駁において重要な役割を担う普遍論に関しては、『親密の灯』ではさほど詳しく論じられていない。そのため現在は論理学書『イーサーグージー注釈Sharh Isaghuji』、及び『太陽の書簡注釈Sharh al-Shamsiyah』(これらの写本については一部入手済)を中心に、ファナーリーの普遍論に関する調査を行っている。本年度は写本調査を実施し、より多くの写本を参照することを目指している。
2.「存在付帯性論争」と存在一性論の接点
ファナーリーは『親密の灯』中で、「形象」(mithal)をめぐる議論を援用することにより、絶対存在が個物どもから離存するということを証明している(以下3参照)。この証明において重要な前提となるのが「存在は種だ」という考え方である。イブン=スィーナー(Ibn Sina, 1037年没)が「存在は何性(mahiyah)にとっての付帯性だ」という説を提示し、後の哲学者たちがこの説をめぐって論争を繰り広げたことは有名であるが、現在の見通しでは、このファナーリーの「存在種説」はイブン=スィーナー哲学批判者として知られるラーズィー(Fakhr al-Din al-Razi, 1209年没)がこの論争の中で採った学説と軌を一にする。この点を詳細に分析することで、イブン=スィーナー以降の存在付帯性説に対する反応の諸系譜の中に存在一性論がどのように関わってくるのか、少なくともその一例を明らかにすることができると考えている。本年度はこの成果を学界に発表することを目指している。
3. スフラワルディーの照明哲学の受容
ファナーリーは絶対存在の離存証明において、形象論を援用する。その際に援用されているのが、照明哲学の創始者スフラワルディー(Shaykh al-Ishraq al-Suhrawardi, 1191年没)のそれのようである。とはいえ、ファナーリーが彼の形象論をそのままのかたちで受容しているのか、或いは何らかの改変を加えて受容しているのかについては未詳である。本年度はこの点についてもできる限り調査を進める。
以上3点に加え、「一般存在」(al-wujud al-'amm)や「定立原型」(al-a'yan al-thabitah)に関する議論も考察対象になると考えられる。また上掲諸著作のうち、『太陽の書簡注釈』については校訂の可能性も視野に入れている。
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